人間の健康にとって、適切な睡眠をとることはとても重要な要素です。数日にわたって睡眠不足が続いている状態を、「睡眠負債」と呼びます。睡眠負債は眠気や疲労感をもたらし、日中の活動に悪影響を与えるだけでなく、注意力や記憶力、代謝機能や免疫力の低下を招いたり、生活習慣病のリスクが増加するなど、心身の健康にも深刻な影響を与えかねません。

こうした中、木材・木質材料が多い寝室では、不眠症の疑いが少ないという研究が発表されました。この研究に携わっている、森林総合研究所主任研究員の森田えみさんにお聞きしました。


――木質空間と睡眠の関係に着目したきっかけは何でしょうか。

良い睡眠は健康のためにとても重要ですが、日本人の睡眠を取り巻く現状はあまりよくないようです。20歳以上の男女の2割強が「睡眠の質に満足できない」、3割強が「日中の眠気を感じた」と答えています(厚生労働省『令和元年 国民健康・栄養調査』)。

木材が人間に与える効果の研究はいろいろと進んでいますが、睡眠との関連の研究はまだ少ないのが現状です。(表-1)そのため、寝室に木材が多いと不眠症の疑いが少ないのかを検証する研究を行いました。

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表-1 年代別「睡眠の質」に関するアンケート結果

――具体的にはどのような研究ですか。

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図-1 本研究を構成した3つの領域

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表-2 これまでの研究との手法の違いの比較表

茨城県と東京都で働く20歳代から60歳代、670名以上の方を対象にアンケートを実施しました。調査では、住んでいる家の環境や寝室、睡眠の状態、⽣活習慣をお聞きしました。さらに活動量計と呼ばれるデバイスを活用して睡眠時間や起きている時間、消費カロリーなどを測定して睡眠を計測しました。不眠症の疑いについては、WHO(世界保健機構)の基準をベースに作成され、世界中で使われている「アテネ不眠尺度」を採用して判定しました。

この研究の特徴は3つあります。
1つめは、健康を検証するために、医学分野と連携したことです。日本最大規模の睡眠研究機関である筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構)と産業精神医学(働く人の健康を守る専門家)との共同研究チームで研究にあたりました。

2つめは、疫学研究という医学研究の方法を採用したことです。(図-1)異なる視点や手法が採り入れることで、木材・木質材料が与える人間への効果について、新たな視点を盛り込めたと考えています。

3つめは、働く人の健康に着目した点です。(表-2)これは不眠症等により経済損失やモチベーションの低下などが社会的問題であると考えたからです。

木材の効果や効能に関する研究はいろいろな分野で行われていますが、 睡眠医学と産業精神医学の視点を融合した、木材と健康効果の研究は初です。働く人の睡眠を良くしたいというプロジェクトであることが重要でした。


――研究成果としてはどのようなことがわかってきたのでしょうか。またこの成果を活用して、木造木質化の建築や空間、製品はどのようなメリットを得ることができるのでしょうか。

寝室に木材・木質材料が多いと不眠症の疑いが少なく、安らぎを感じている人が多いことわかりました。

調査では例えば、「寝室に⽊材(内装や家具、建具等)がどのくらい使われていますか」という質問に対して、「沢⼭使われている」「やや使われている」「ほとんど使われていない」「全くない」の4つの選択肢から答えを選んでいただきました。この調査では「不眠症の疑い」は主観で評価しています。不眠症には、「自分はよく眠れていない」と感じる、主観的な評価が大きく影響しているからです。

調査結果を統計的に分析したところ、寝室に⽊材・⽊質材料が多いと回答した方は、少ないと回答した方よりも不眠症の疑いが14.5ポイント(25.3%←39.8%)も低いことがわかりました。また、寝室で安らぎや落ち着きを感じる割合も、寝室に⽊材・⽊質材料が多いと回答した方が15.8ポイント(86.6%←70.8%)も⾼かったのです。

こうした結果は、調査を行った方の年齢や性別、⽣活習慣に関係なく同じ結果になりました。(図-2)

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図-2 寝室の木材・木質量別の不眠症の疑いの割合
(Morita E et al. J Wood Sci 66, 10 (2020)を改変)

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図-3 寝室の木材・木質量別の寝室で精神的なやすらぎを感じる割合

(Morita E et al. J Wood Sci 66, 10 (2020)を改変)

――研究していて気づいたこと、被験者や利用者からの意見や感想で印象に残ったことはありますか。

想定していた以上に睡眠と木材との関係が深いことがわかったのは驚きでした。寝室にどのくらい木材が使われているか以外にも、寝酒や運動習慣など睡眠と関係がありそうな要因について関連を調べたのですが、こうした生活習慣よりも木材の方が関連性が高かったのです。


――こうした研究成果を広く産業界や一般の方の暮らしのなかで活用していくためにはどのようなアプローチが必要だと思われますか。

寝室に多くの木材や木質材料を取り入れることで、睡眠に良い生活環境をつくるきっかけになることはわかってきました。

こうした研究成果に基づいて、働く人の睡眠環境が向上するように、寝室を始めとした空間の木質化、木材をふんだんに使った内装や家具を積極的に取り入れるなどの取組が進むとよいと思います。(写真-1)

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写真-1 木質空間イメージ(森林総研提供)

――今後の研究の展開、方向性や目指すことを教えてください。

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写真-2

医学的研究によって睡眠と⽊材の関係性、⽊材が健康に良いということのエビデンス(科学的な根拠)が揃うことは重要だと考えています。

こうした研究はまだ始まったばかりで、今回の研究の実では確定的なことは言えないので、継続して研究を進めることが必要だと考えています。

木材を活用することで働く人の健康向上、ウエルビーイングにつながることができればうれしく思います。